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学部 [医学科](人体解剖学系統講義)

 人体解剖学系統講義は7回で計14コマ用意されているが、履修範囲が膨大な為全てを網羅する事は出来ない。従って、肉眼解剖学実習を行なうに当たって当然必要とされる人体のおおまかな地図を各自の頭の中に構築してもらうことを目標とする。履修にあたっては、解剖学全体の枠組における当該知識の位置を常に意識し、知識が断片化・タコツボ化しない様心掛ける必要がある。

 人体解剖学はガレノス (Γαληνóς, 129-200)以来、人体の構築に関して蓄積された浩瀚な知から成る歴史学であり、またそれを3次元にプロットしたからだの地理学でもあり、医学の最も基本的な学問の一つである。則ち、正常な構造を理解する事なくして正常機能 (生理学)、機能異常 (病理学) の理解は覚束ない。一見複雑に見えるからだの構造も、構成単位の規則性、階層性、機能的連関を理解すれば意外に記憶し易い事に気付くであろう。ところで、解剖学を意味する印欧系の単語 (anatomy, Anatomie, anatomie) は何れもana- (ανα, 交互に)、-tome (τομη, 切る) から成っており、標本を切り刻み分析出来るところまで還元することを意味している。古典的解剖学の本質の一つである要素還元主義は現代の生命科学の根幹をなす解析手法であるといえよう。

 一方、ばらばらにしてしまうと失われる属性も存在する。抽象的概念としては構成単位相互間の「関係性」 ならびに「時間性」、より具象的概念としては「形態」があげられる。解剖学は正にこの「形態」を正確に記述する学問であり、形態そのもの (an sich) を眺める事により、その背景に構造化された機能システムを総合的に把握する事が可能となる。これら相反する視座を必要に応じて巧みに使い分け、対象を正しく認識する事が必要であろう。従って、本講ではもっとも基本的なシステムに関して解剖学総論を展開する。

 臨床医学との関連では、局所での構造と機能の相互関係、あるいは空間的にかなり離れた局所間での相互関係が問題になる場合が多い。ただ局所の理解はシステム全体の成り立ちを把握することなしには覚束ないので、本講では幾つかのシステムに関する各論を展開し構造と機能の連関を概説する。これをもとに自律分散制御系としての人体システムの概念図を自らの頭の中に構築する事が課題である。一方、臨床では正常と異常の境界が問題となる。「形態」は非常に多様性に富んだ属性であり、原則 (規範) から離れていてもそれが特に機能的な問題を生じない場合、これを「個体差」として正常範囲内として扱う場合が多い。解剖学ではこれを「破格」と呼び、生物の形態の多様性の一つとして認識している。また、広義の機能障害を齎す正常からの逸脱を「奇形」として扱っており、その理解 (臨床医学に於いては「診断」と読み替える事が出来よう) には正常範囲の広さを認識しておく必要がある。更に、斯様な規範的概念と実在する形態のギャツプは肉眼解剖学実習に於ける注意深い観察に依って、同定する事が可能である。

 ところで、解剖学領域に於ける研究は、生物学・医学に於ける共通言語ともいうべき遺伝子や細胞が主役となって以来、基本的に他の分野との垣根は消失し、生命科学研究として同一の土俵で評価される様になった。本講では、それぞれ異なった視点とアプローチに依る生命科学研究の最先端の一例を特別講義として2コマ用意している。

解剖学講義・実習シラバス

2016年度 医学部医学科
授業科目名 細胞生物学 (人体解剖学・発生学・骨学)
対象学生 医学科2年次学生
担当教官 竹田 扇 本学大学院医学工学総合研究部 解剖学講座細胞生物学教室教授(stakeda@yamanashi.ac.jp) 内線 2235
分担教官 成田 啓之 本学大学院医学工学総合研究部 解剖学講座細胞生物学教室准教授
吉村 健太郎 本学大学院医学工学総合研究部 解剖学講座細胞生物学教室学部内講師
岩野 智彦 本学大学院医学工学総合研究部 解剖学講座細胞生物学教室助教
久冨 理  本学大学院医学工学総合研究部 解剖学講座細胞生物学教室助教
岡部 繁男 東京大学大学院医学系研究科 神経細胞生物学講座教授
森 千里  千葉大学大学院医学研究院 環境生命医学講座教授
坂本 宏史 健康科学大学 理学療法学科教授
川手 豊子 健康科学大学 作業療法学科教授
講座の目標 正常なからだの構造と機能を理解する事なくしてヒトの病的状態を理解する事は出来ない。その意味で解剖学は医学部における最も重要な基礎科目のひとつである。本講では、まず全体を俯瞰した解剖学総論で人体を構成する幾つかのシステム (骨、筋、神経、上皮、脈管) を紹介し、人体がどの様に構築されているかを概説する。また、受精から出生迄のプロセスが時空軸に沿ってどの様に展開されていくかを紹介する。各論では、内臓を消化器、呼吸器、循環器、泌尿生殖器、感覚器に分けて大まかに記述し、秋から開講される肉眼解剖学実習への布石とする。骨学実習では実際の骨標本を用いてからだの3次元的構築を理解すると共に、スケッチによる知識の定着をはかる。将来必ず必要になるので、解剖学用語は日本語に加えてラテン語或いは英語のいずれかも覚える事。
概要と形式 4月初めより5月下旬にかけて人体解剖学総論・各論、発生学総論を講義する。内容が多岐に渡る割には、コマ数が限られているので講義ではエッセンスに触れる事しか出来ない。従って教室外での自主的な勉強と知識の統合が望まれる。肉眼解剖学実習では、学生5人で一体を系統的に解剖し、講義で得られた知識を確認し身のあるものにする。実習範囲に関しては事前に通告するので十分な予習をした上で臨んで欲しい。また知識量が膨大なので日頃から少しずつ整理しておく事をお勧めする。
成績の評価 出席点、スケッチ、実習試験と定期記述試験の成績を総合して評価する。定期記述試験は夏休み明け9月に1回 (前期)、年明け1月(後期)の計2回行う。前期での再試は行なわないが、後期試験時に前期試験の成績と併せて成績判定を行なう。従って後期で挽回できない程度に前期の成績が悪かった場合に再試験の該当者となる可能性がある。また、必要に応じて実習中に口頭試問を行う事がある。また肉眼解剖学実習並びに骨学実習は特別な理由がない限り90%以上出席していないと最終試験の受験資格を与えられない。
指定実習書

実習書は長年にわたって寺田・藤田がスタンダードであった。この本は大変よく出来たものであるが、近年の実習時間の短縮に伴い教育現場の実情に合わない部分が出てくるようになった。従って本年は刊行されたばかりの3も推薦する。対照表があるので1,3のどちらを購入しても構わないが、何れかは必ず購入すること。また、1を購入の場合は2も必要となる。3は1をもとにして現代のニーズに応じた構成となっており、カラーの図版、箇条書きで分かりやすい解説など、随所に工夫がみられる好著である。

  1. 解剖実習の手びき 改訂11版 寺田春水・藤田恒夫 2004 南山堂 東京
  2. 骨学実習の手びき 第4版 寺田春水・藤田恒夫 1992 南山堂 東京
  3. 解剖学実習カラーテキスト 坂井建雄 2013 医学書院 東京
教科書

教科書は特に指定しない。和書でも洋書でも夫々に特色があるので図書館等で見比べてから好みに応じて購入するとよい。実習書はあくまでも実習の指針であって、必ず成書とアトラスを一冊ずつ購入して勉強することを勧める。講義の冒頭でも幾つかを供覧する予定である。下に主なものを紹介する。

  1. Gray's Anatomy. 41st edition. Gray, H. 2015. Elsevier Science. London
    150年近い歴史を誇る解剖学のバイブル的教科書である。これを通読するとかなりの知識が得られるが実際には百科事典的な使い方がよいであろう。周辺関連基礎医学・臨床医学を有機的に折り込んだ記載が秀逸である。定期的に改訂されているので新しい版を求めるが望ましい。2005年に出た第39版から大幅な改訂がなされ、米国の教科書に近い局所解剖学的な構成となった。また全体に読み易くなった。
  2. 解剖学講義   第3版 伊藤隆・高野廣子 2012 南山堂 東京
    記述は平易でよくまとまっており、一冊本なので使い易い。来年以降神経解剖学や臨床医学でも利用することが出来る。第3版は、原著者に遠慮して中途半端な改訂であった第2版に比して改訂者の思想が反映されたものとなっており、完成度が高い。この本に書かれている事くらいは、一度は覚えるべきである。日本語の教科書ということであればこれを一冊買うとよいだろう。
  3. グレイ解剖学 原著第2版 塩田浩平他 (訳) 2011 エルゼビア・ジャパン 東京
    上記1で紹介したGray's Anatomyの姉妹書であるが、単に1を簡単に短縮したものではなく、医学生の興味を喚起する臨床症例も交えながら編集された学生向け教科書である。1000頁を越える厚さがあるが、工夫された3次元の図版が豊富に散りばめられているため、通読に適している。これらの模型図には類書にない工夫が凝らされており、学生の理解を容易にしている。解剖学講義と双璧をなす好著である。
  4. 分担解剖学 全3巻 森於菟 (編) 1980 金原出版 東京
    全3巻からなり日本語の系統解剖学の成書としては最も詳しい。 幾分古典的な記載ではあるが、よくまとまっている。また、種々の破格に就いても日本人のデータに基づいた記載がなされており参考になる。純然たる解剖学の教科書なので臨床的な記述は殆どない。
  5. 5. グラント解剖学図譜 第7版 坂井建雄 (監訳) 2016 医学書院 東京
    70年以上続くアトラスの原書第13版を翻訳したものである。 変わらない規範的知識や原図を残しながらも、臨床医学との接点を見据えた画像診断情報に加え、重要な概念を理解させる為の工夫がいたるところになされている。初学者が興味をもって勉強することができる好著でアトラスはこれを一冊購入すれば当面不自由しないであろう。
  6. Taschenatlas der Anatomie. 11 Auflage. Band 1-3, 2013. Georg Thieme Verlag, Stuttgart
    定評あるドイツの解剖学アトラスであり、邦訳も文光堂から出ている(平田幸男 訳『解剖学アトラス』)が、最新版ではないので原書か英訳版を求めるのが望ましい。原則として見開き左頁にテクスト、右頁に精密な図という構成になっており筋肉の起始・停止、神経支配などを調べる際に大いに役立つ。定期的な改訂が行われているロングセラーである。
  7. Prometheus LernAtlas der Anatomie. 3 Auflage. 2011. Georg Thieme Verlag. Stuttgart.
    近年出版されたドイツ語のアトラスであるが、従来のアトラスとは異なり発生学や生理学の視点を取り入れ、独自性を出している。図は米国系のものに比べて写実的で遙かに分かりやすく、また血管、神経などを判り易いかたちで纏め直しておりSnellの図とは大違いである。最近医学書院から邦訳 (坂井建雄監訳) も出ており好評を博している。LernAtlasと謳っている様に飽くまでもアトラスの域を出ておらず教科書としては不十分である。
  8. Rauber/Kopsch: Anatomie des Menschen. Lehrbuch und Atlas. 2.verbesserte Auflage. Band I-IV. 1998. Georg Thieme Verlag. Stuttgart.
    4分冊からなる詳細な解剖学書で第4分冊は局所解剖のアトラスになっている。ドイツ語圏らしい体系的な教科書である。幾分臨床医学への配慮も見せている。図も造本も綺麗なので所有する喜びがある。Braus-Elzeと双璧をなすが、残念ながら絶版と成った。
  9. Taschenatlas zum Pr_pärierkurs. Eine klinisch orientierte Anleitung. Tillmann, B. und Sch_nke, M. 1993. Georg Thieme Verlag, Stutttgart.
    ドイツの肉眼解剖学実習書。コンパクトであるが、要所は押さえてある。邦語訳も出ている筈。藤田・寺田とは異なった構成であるが、解剖の技法、各種末梢神経のまとめが付いている。また図が写実的なので実物と比較しながら使用出来る。
  10. Clinically Oriented Anatomy. 7th edition. Moore, K.L. and Dalley, A.F. 2013. Lippincott Williams and Wilkins.
    臨床医学の為の解剖学であるが、解剖学の基本的な線はきちんと押さえられており平易な文体・判り易い模式図と相俟って通読に適した教科書である。局所解剖が中心なので別の本で各システムの構築を理解した上で臨めば効果的である。
  11. Gray's Atlas of Anatomy. Drake, R.L et al. 2007. Churchill Livingstone. London.
    学生向けのGray's Anatomyの著者等が纏めたアトラスである。CT, MRIなどの臨床画像を使用した上で、学生に判りにくい部分を理解させようという意図を感じさせる美しい図版を多用している。立体構造を直感的に理解するのに適したアトラスである。最近エルゼビアジャパンから邦訳 (塩田浩平監訳) も出ている。学生版グレイ解剖学と共に揃えるのも良いかもしれない。
  12. 解剖学・発生学 インテグレーテッドシリーズ3 依藤宏監訳 2011 東京化学同人 東京
    Elsevier社のIntegrated Seriesの訳本である。その名の通り、解剖学、生理学、発生学を統合したかたちで纏められており、図だけではなく記述もしっかりしている。臨床医学との接点で重要になるポイントも的確に提示されている好著である。
  13. 解剖学実習室へようこそ 前田 恵理子 2005 医学書院 東京
    東大医学部の学生がM4の時にClinical Clerkshipで纏めた本。副読本として大変優れており、解剖実習を体験しながらリアルタイムで読むと楽しめるであろう。
  14. 臨床につながる解剖学イラストレイテッド 松村譲兒 2011 羊土社 東京
    イラスト解剖学の著者が副読本としてまとめたもので、肉眼解剖学と臨床医学の接点が面白く紹介されている。目標を失いがちな解剖学を学ぶ上で刺激になる好著である。
  15. 症例ファイル 解剖学 坂井建雄訳 2006 丸善 東京
    日常で遭遇する症例に基づいて解剖学の知識を整理するという古典的な臨床解剖学のスタイルで書かれている。関連の問題集も付いており自学に適している。
  16. 献体 坂井建雄 2011 技術評論社 東京
    肉眼解剖学で使用する御遺体に関して、献体のシステムを遺族、大学、学生のそれぞれの立場から俯瞰し、諸外国との比較や現在の献体システムの問題点等を簡潔にまとめた好著である。最後についている解剖学史は著者の真骨頂であろう。
  17. カラー図解 神経解剖学講義ノート 寺島俊雄 2011 金芳堂 京都
    著者が神戸大学で作成した講義プリントを発展させ教科書にしたもので、わかり易い図と、周辺領域の知識もうまく織り込まれた本である。神経内科的知識にも配慮が行き届いており、これを一冊マスターすれば医学部での臨床神経学の理解も容易になる。19と並んで推薦する。
  18. カラー臨床神経解剖学 機能的アプローチ 井出千束訳 2006 西村書店 東京
    FitzGeraldの原書第4版の邦語訳。臨床医学に配慮した神経解剖学のテクストで以前に較べて読み易くなっている。  
    構成も優れており,参考文献も付いているので神経解剖学の教科書として推薦する。原書を購読するのが尚望ましい。
  19. 脳解剖学 萬年甫・原一之 1994 南江堂 東京
    神経解剖学の泰斗萬年直筆のスケッチが掲載されており秀逸。特に総論部分は神経解剖学への導入として大変 優れている。伝導路の化学的解析は改訂されていないためかなり古いが、それ以外の部分は十分現代に通用する内容である。神経解剖学の邦語教科書としては最も優れている。
  20. 人体のなりたち 岩波講座 現代医学の基礎3 坂井建雄・佐藤達夫 1998 岩波書店 東京
    岩波講座の1分冊で、章によって記述の質に差はあるが全体に肉眼解剖学の概念的な側面がよく書かれている。知識の再構築・再編成に有用である。
  21. Langman's Medical Embryology. 12th edition. 2011. Sadler, T.W. Lippincott Williams&Wilkins. Philadelphia.
    昔から医学科でよく使われてきた古典的なヒトの発生学の教科書であり、ポイントがよく整理されている。定期的な改訂が施されているので、知識がup-to-dateされている点でも優れている。薄いので通読に適している。10版まで付属していたCD-Rはweb上での観ることになり、コストダウンが計られた。発生学に関しては、まずはこれ一冊を読んでおけば良いと思われる。
  22. Developmental Biology. 11th edition. 2016. Gilbert, S.F. Sinauer Associates. Sunderland.
    本年6月に11版を重ねる古典的教科書である。上記の本と異なりヒト以外の動物にも広く記載があり比較発生学の詳しい知識も得られる。分子発生学の記述も詳しい。
  23. 再生医療生物学 現代生物科学入門7  浅島誠他 (編) 2009 岩波書店 東京
    現代発生学のトピックスの一つである幹細胞を中心としたテーマに関する知見を判り易く記述している。技術的な側面についてもバランスよく記述されており、読み物としてお薦めである。
  24. プラス・マイナス暗記法 医学英語 入来正躬・後藤久男/共訳 1987 廣川書店 東京
    医学英語の自習本でなかなかよく出来ている。この本を一冊自学しておくと基礎が出来上がり、今後医学英語にはまず困らないと思われる。
  25. これだけは知っておきたい医学ラテン語 二宮陸雄 1986 講談社サイエンティフィク 東京
    読本としても優れており、楽しみながら医学ラテン語の導入部に触れる事が出来る入門書。解剖学用語として使用する程度のラテン語であれば本書をマスターすれば十分である。
  26. 解剖学用語 改訂13版 日本解剖学会(編) 2007 医学書院 東京
    解剖学用語、骨学用語に関して日本語とラテン語、英語の対応が示してある。正しい用語を知る為に必要。20年ぶりの改訂であるが、日常的に余り使用されなかった組織学用語、発生学用語のラテン語は削除された。序文にある様に、急速に進歩している領域に於ける用語の構造化は難しいのであろう。
  27. Terminologia anatomica. Federative Committee on Anatommical Terminology (ed.). 1998. Georg Thieme Verlag, Stuttgart.
    解剖学用語 (Terminologia anatomica) が収められている。ラテン語と英語の対応が判る。